奇跡的効果
『鍼灸治療の効果は,しばしば奇跡的に,即効的に現れることがある。
鍼灸治療に,多くの人々が,そうした奇跡的な治効を求める傾向がある。
外国における鍼灸の研究者達も,多くはこの即効的な治効に心を
ひかれているようだ。
確かに、鍼灸には,そうした魅力があるのである。
だが,すべての疾患において,そうした効果が現れるかというと,
そうはいかぬ。
一般的な疾患の場合までも,即効的な効果を期待して治療するのは危険だ.。
物好きで鍼灸をやる人ならそれでもよいが、オーソドックスの鍼灸治療を
志す人は、あくまでじっくり構えて,根本的に病気の治るように,全体的な
治療をやるべきである。
このゆき方は、魅力的ではなく、治癒までに手間はかかるが,
このやり方のほうが最後の勝利をおさめることが多い。
ことに慢性病の治療をやるときに,そうである』
代田文誌『鍼灸臨床ノート』
以上は昭和38年に書かれた文章である。
この30年後に私は両方を体験した。
その1
鍼灸専門学校1年生の秋の授業であった。
便秘症に効くツボを習った。
長らく便秘症だったので早速家でやってみた。
腹部に刺した。
針先に硬いものを感じた。
コロコロしている。
「これが大腸だ!」
2〜3回つついてみる。
グルッと蠢いた。
5分ほどして排便があった。
大成功!
次の日,自慢した。
先生「それは治療とはいえません。
一時的なもので、すぐ元に戻りますよ。
五臓のバランスを整えることが基本です」
とおっしゃった。
本当に元通りになってしまった。
私は胃下垂なので、消化器系を強めるお灸をし始めた。
毎日した。
1ヵ月経っても相変わらずであった。
「効果がないみたいです。30年来のものだから,ダメなんでしょうね?」
「諦めないで、来年の春には結果が出るはずですよ」
たとえ効果がなくても、鍼灸師になるための練習になるからと
考えて続けた。
春もまだ浅い頃、結果が出た。
それ以来8年、毎日気がかりだった事から開放されている。
その2
鍼灸専門学校を卒業して間もない頃であった。
治療経験も浅く,自信もなく,当然のことながら効果も期待していなかった。
しかし,即効的効果が現れたのである。
20代の息子である。
何ヶ月間も背中が凝っている。
毎日のように
「叩いてくれ、押してくれ」という。
「叩くのも疲れる」といえば
「肋骨が折れてもいいから踏んづけてくれ」となる。
「ハリの適応なのに」
「いやだ」
大変な怖がりなのである。
解剖学や生理学の教科書や参考書を見せる。
骨や肺や心臓の位置、血管の強さや弾力を説明する。
「金の鍼は細くても、しなやかで折れにくく、
細い血管でも避けて通っていくからね」
実物を見せながら
「この鍼を全部刺し込むわけじゃあないからね。1センチくらいね」
「やめとこう」
何日か過ぎる。
「やってみて」
鍼と私の手指とを、よーく消毒するところを見せる。
「刺すところの皮膚もしっかり消毒したわよ.。冷たいでしょ」
「いつもこの辺が凝ってるのね.。ここ、ここ、ここもだったわね」
《これで懲りて嫌われたら私が鍼灸学校へ行った意味がなくなってしまう。
もっと腕を磨いてからやるべきだったか?
いや,こんなに苦しんでいるのだから,今やるしかない。
治らなくてもいいから痛くしないようにして
,これが治療の始まりになりますように。
“つぼ”の正規の位置でなくてもいいから,
この際は,より鍼の痛みを感じないようなところに・・・・・
どうか痛がられませんように・・・・》
いろいろな思いが駆け巡って全身が緊張して熱くなった。
でも気ずかれないように、さり気ない振りをして
「静かにゆっくり刺すからね。痛かったら言ってね。すぐ抜くからね。
ここに刺すわよ。初めてだから浅くするわね」
「うん・・・」
「なおった!」
背中を必死に抑えていた私の左手の指に、
鶏のささみが丸ごと大きく捩れるような筋肉の動きを感じたのと同時だった。
何か異変は感じたが
「うそ?まだ5ミリくらいしか入っていないわよ」
「でも治った。ほんとだ。治った。もういいよ」
「痛いの?引きつれた感じがするの?痛かったの?もう嫌?」
「痛くなかった。本当に治ったよ」
1箇所に5mm刺しただけで・・・・・・?
これ以来背中の痛みはすっかり無くなり,もう6年経つ。
あのときは、神様がそばに居て下さったのではないか、と感謝している。
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